知られざるマンモグラフィーの世界|専門家が語る未来とAIの可能性

乳がんは、特に40代から50代の働き盛りの世代にとって、向き合うべき重要な健康課題です。早期に発見できるかが、その後の治療の可能性を広げることになります。

しかし、「痛そう」「放射線が心配」といったイメージから、乳がん検診の中心的な役割を果たすマンモグラフィー検査になかなか踏み出せないという方もいらっしゃるかもしれません。

この記事では、マンモグラフィーの専門家である岐阜医療科学大学の篠原範充教授をお迎えしお話を伺っています。マンモグラフィーの基本的な役割から、男性にも無関係ではないリスク、そして微細な病変を捉えるための高度な技術について詳しく教えていただきました。さらに、AIをはじめとする最先端技術が、乳がん検診の未来をどのように変えようとしているのか、安全性への配慮と合わせて掘り下げます。

見逃さないチカラ!マンモグラフィーが支える早期発見

ナレッジアート(以下KA): まず、マンモグラフィーとは具体的にどのようなものなのでしょうか?

篠原氏: マンモグラフィーは、通常の骨や関節のX線(レントゲン)検査を乳房専用に特化させたものです。乳がんの早期発見において最も効果的な検査方法といえます。早期発見ができれば治療の選択肢が広がり、生存率が大幅に向上します。

通常のX線検査では、患者さんは手や足を撮影台に置いたり、ベッドに横になったりしますが、マンモグラフィーでは異なる方法で検査をします。専用装置で右左の乳房をそれぞれ別々に挟み込み、約10kgの圧力をかけて乳房を平らにします。これは、男性でも完全に平たくなるほどの圧力です。

この圧迫により一時的な痛みを伴うことがありますが、乳房を平らにすることで病変がより鮮明に映し出し,被ばくを減らすという大きなメリットが得られます。

また、放射線の安全性については、マンモグラフィーで使用する放射線量はごく微量であり、健康への影響はありません。ただし、乳房は水晶体や生殖器と同様に、他の臓器に比べてX線の影響を受けやすい組織なので、慎重な撮影が行われています。

男性も要注意!隠れた乳がんリスクを知る

KA: 男性はマンモグラフィーでの検査をほとんど受けないと思いますが、男性も受ける必要があるのでしょうか?

篠原氏: 最近では、男性タレントが乳がんを発症したケースがありました。男性の乳がんは稀ではありますので、検診など受ける必要はありませんが、女性に比べて発症率は低いものの、完全にゼロではありません。

また、男性でも女性化乳房という状態が起こることがあります。男性の乳がんについてはっきりとした原因が分かっているわけではないのですが,女性化乳房も男性乳がんも、エストロゲン(女性ホルモン)の影響によって引き起こされます。そのため,女性化乳房のある男性では、乳がんのリスクがわずかに高いという報告もあります。さらに、男性が乳がんになった場合は特に注意が必要です。

KA: 注意が必要というのは、どういう意味でしょうか?

篠原氏: 男性の乳がんは女性より死亡率が高い傾向にあるからです。主な理由は2つあります。

  • 1つ目は認識の問題です。男性は自分が乳がんになるとは考えないため、症状に気づきにくく、発見が遅れがちになります。
  • 2つ目は解剖学的な問題です。男性は乳房が薄いため、表面の皮膚や乳頭さらに深部の筋肉への浸潤し易く、リンパ節や骨などへの遠隔転移が起こりやすくなります。

とはいえ、男性の乳がんは非常に稀なので、過度な不安を煽るべきではありません。ただ、男性も無関係ではないという事実は知っておくべきでしょう。

乳房専用X線のヒミツ見えないがんを捉える技術

KA:マンモグラフィーが乳房専用なのは理由があるのでしょうか。また、 他のX線検査とどう違うのでしょうか?

篠原氏:マンモグラフィーは乳房の撮影に特化したX線装置で、他の部位には使えません。その理由は乳房特有の組織構造と、乳がんの病変が持つ特徴にあります。

通常のX線検査、例えば骨のX線画像では、硬い骨は白く、周りの柔らかい組織は黒く写ります。この「白黒の差」で異常を見つけます。例えば手のX線画像では骨(固い組織)と皮膚や筋肉(柔らかい組織)の境界がはっきり映ります。

しかし、乳房は全体が柔らかい組織でできていて、その中にできる病変も同様に柔らかいのです。つまり「柔らかい組織の中にある、ごくわずかに性質の異なる柔らかい病変」を見つけ出さなければなりません。

そのため、一般的なX線検査のように明確なコントラストがつきにくく、これは白黒の差で病気を見つけるX線画像検査において、最も高度な技術を要する課題といえます。

例えるなら、夜空の繊細な花火とそれを見上げる人物、両方を1枚の写真にバランス良く綺麗に写すのが難しいのと似ています。一般的なX線画像は比較的はっきりとした対象を撮る場合が多いのですが、マンモグラフィーでは非常に繊細な違いを捉える必要があります。

KA:なるほど。乳房は全体が柔らかいという特徴があるため、初期の小さな変化も見逃さないよう、マンモグラフィーという高精度な専用装置が必要なのですね。

篠原氏:その通りです。特に乳がんの初期病変は0.05ミリメートルといった非常に小さなものもあります。これほど微細な変化を、柔らかい組織の中から正確に見つけ出すために、マンモグラフィーは画像のノイズ(ざらつき)を極力抑え、わずかな「写りの違い」も捉えられるよう特別に設計されています。

マンモグラフィーはX線画像検査の中でも最も難しい検査の1つと言われています。装置の性能と撮影技術の両方において、極めて高度なものが要求されるからです。

AIが変える!パーソナル乳がん検診のミライ図

KA: では、マンモグラフィー技術の今後の展望についてお聞かせください。

篠原氏: 現在、マンモグラフィーの分野では主に2つの技術革新が注目されています。

1つ目はAIを活用した将来のリスク予測と検診の個別化です。これまでの検診は「対策型検診」と呼ばれるもので、一定年齢以上の方々に平等に同じ検査を提供してきました。小学校で全員が尿検査や胸部X線検査を受けるのと同じようなシステムです。

しかし今後は、AIによる将来のリスク予測を活用することで「層別化」「個別化」された検診へと移行していく可能性があります。

具体的には、現在の画像に病変が見られなくても、年齢、体質、体重などの個人情報と画像データを組み合わせて、将来の乳がん発症リスクを予測し、そのリスクに応じた検診を提供するというものです。

例えば、リスクが高いと判断された方には、より頻度の高い検診や精密検査を提供する一方、リスクが低いと判断された方には標準的な検診を提供するといった形になります。限られた医療資源を効率的に活用するためには、このようなリスクに応じた「層別化」や「個別化」が重要です。国費を使う検診においては、リスクの高い人に対してより多くの医療資源を投入することが、公平で効果的な検診のあり方だと考えられます。

2つ目はトモシンセシス(3Dマンモグラフィー)技術とAIを組み合わせた画質向上です。

トモシンセシスとは、乳房を「輪切り」にして見ることができる3D撮影技術です。今までのマンモグラフィーは、乳房を正面から1枚だけ写す「写真」のようなものでした。

一方、トモシンセシスは、X線を色々な角度から何枚も撮影します。そして、コンピューターがそのたくさんの情報を組み合わせて、乳房内部の「断層画像」を作り出します。例えるなら、1冊の本を1ページずつめくって中身を詳しく見るようなイメージです。

この技術の大きな利点は、重なり合った組織の中に隠れた病変も検出しやすくなることです。従来の2D画像では正常な組織に病変が隠れてしまうことがありましたが、3D撮影ではそうした問題が解消されます。

ただし、2Dと3Dの両方の画像を撮影する必要があるため、放射線量が増えてしまう点が、現在の課題だといえるでしょう。

そこで私たちが取り組んでいるのは、3D画像だけを撮影し、そこから2D画像を合成する技術です。3Dデータから2D画像を作り出すことができれば、患者さんの被曝量を減らしながら、診断に必要な情報を得ることができます。

また、私の研究分野ではマンモグラフィー画像の画質向上にAIを活用しています。というのも、マンモグラフィー画像にはノイズが混在することが多く、このノイズが病変に非常によく似ていることが問題となるからです。AIを使うことでこのノイズを効果的に取り除き、病変との区別を高い精度で行うことができるようになってきました。これにより、画質を向上させながら、患者さんの被ばく量を減らすことが可能になります。

将来的には、こうしたAI技術とトモシンセシス技術を組み合わせることで、より少ない放射線量でより正確な診断が可能になるでしょう。すでに、AI支援による読影の補助も始まっており、放射線科医の負担軽減や診断精度の向上に貢献しています。

医療者と先端技術の連携によって、見逃しを減らし、患者さんの不安を軽減し、医療現場の負担を軽減するという多角的なメリットが期待されています。特に働き方改革が課題となっている医療現場において、こうした技術革新は大きな意義があります。

安全性と被ばく低減への挑戦

KA:冒頭ではマンモグラフィーの被ばくはほとんど心配ないとおっしゃっていましたが、それでも、被曝については注意が必要なのでしょうか?

篠原氏: マンモグラフィーの被ばく量は確かに健康に影響するほどではありませんが、医療被ばくはできる限り減らすべきです。

具体的に説明すると、マンモグラフィー1回の被ばく量は自然界で1年間に受ける放射線量の約1/10程度と非常に少量です。時折、CTによって皮膚が赤くなる報告がありますが,そのような影響はまったくありません。

しかし、先ほども申し上げたように、乳房組織は他の多くの臓器と比較して放射線の影響を受けやすい組織です。そのため、他の臓器なら問題ない放射線量でも、乳房に対しては慎重に考慮する必要があります。

また医療者として、たとえわずかであっても患者さんに侵襲的な検査を行う以上、そのリスクを最小限に抑える努力を続けるのは当然の責務です。「安全だから改善不要」ではなく、「安全だがさらに改善を目指す」という姿勢が重要です。

KA: なるほど。乳房が放射線による影響が大きい組織だからこそ、安全性をさらに高める技術開発が進められているということですね。

篠原氏: その通りです。腹部の臓器などと比較すると、乳房への放射線の影響はより慎重に考慮する必要があります。安全性と診断精度を両立させながら、被ばく量をさらに減らす技術開発は非常に重要になります。

あなたの勇気が命を救う

KA: 最後に、これから検診を受けようとしている方と、医療系の勉強をしている方へのメッセージをお願いできますか?

篠原氏: まず検診を受ける方へのメッセージです。乳がんは早期発見できれば高い確率で治療可能な病気です。日本では画像による乳がん検診ではマンモグラフィーが唯一科学的根拠(エビデンス)のある検査方法です。

マンモグラフィー検査は一時的な痛みを伴うことがあり、恥ずかしさや不安を感じる方もいらっしゃるでしょう。しかし、現在は女性スタッフが撮影を担当し、プライバシーへの配慮も十分になされ、検査自体は数分で終わります。

特に強調したいのは、乳がんが高齢者より40代・50代の働き盛りの方に多く発症する点です。この年代は家庭でも重要な役割を担い、子育て中の方も多いでしょう。ご自身の命を守るだけでなく、ご家族の幸せを守るためにも、定期的なマンモグラフィー検査を受けていただきたいと思います。

次に医療系を学ぶ学生の方へのメッセージです。医療技術は日々急速に進化しています。私自身、学生時代にはAIについての教育は受けていませんでしたが、現在の画像診断分野はAIやデジタルトランスフォーメーション(DX)によって大きく変貌しています。

新しい技術を積極的に学び、一人ひとりの患者さんのために活用することは、社会に大きく貢献できる有意義な仕事です。特に放射線技師として最も大切なのは、最先端技術の習得と同時に、「人の命に寄り添う」という医療の本質を忘れないことです。

技術革新とヒューマニティの両方に関心を持ち、乳がん患者を減らすという社会的使命に貢献していただければと思います。医療技術者としての道は、技術的にも人間的にも非常にやりがいのある職業です。