私たちは日々、誰かと一緒に働き、話し合い、意思決定をしています。しかし、家族、学校、職場、友人関係といった集団の中で「なぜこの空気になるのか」「なぜあの人の発言で場が動いたのか」といった現象に、改めて疑問を抱いたことはないでしょうか?
「グループダイナミクス」という学問は、そんな“人が集まるときに起きること”を科学的に捉えようとする領域です。社会心理学や経営学、教育、さらにはAIとの関係まで、研究の幅は驚くほど広く、私たちの暮らしのすぐそばに根を張っています。
今回は、東京女子大学の正木郁太郎先生に、「人が集まると、何が起きるのか?」という素朴な問いから出発し、その先に見えてくる人間の本質や、社会の新たな可能性について語っていただきました。

正木 郁太郎
東京女子大学 現代教養学部 心理学科 准教授
【biography】
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了、博士(社会心理学)。2021年4月より東京女子大学専任講師、2024年4月より現職。専門は社会心理学と産業・組織心理学で、組織のダイバーシティ&インクルージョンに関する研究や、職場で感謝を交わすことなどの職場マネジメントを研究している。主な著書は、『感謝と称賛――人と組織をつなぐ関係性の科学』(2024年、東京大学出版会)、『職場における性別ダイバーシティの心理的影響』(2019年、同上)、他。
「人と人が集まると、何が起きるのか?」――グループダイナミクスという学問の入口
ナレッジアート(以下KA): そもそも「グループダイナミクス」というのはどのような学問なのかについて教えていただけますか?
正木氏:社会心理学を中心に様々な学問が関係している分野です。「グループダイナミクス」という分野を説明するにあたって、キーワードが二つあると思っています。
一つ目は「集団」、あるいは「社会」といった、人が集まっている状態や場面を研究対象にしている点です。ここでは一旦、「集団」という言葉に統一してお話しします。
もう一つのキーワードは、「人の心理・行動」です。これは私の専門である社会心理学の視点でもあるのですが、集団に関わる問題を、人間の心理や行動の観点から研究していくというのが特徴になります。
この二つを組み合わせると、「人が集まることで生じる現象」や、「集団内で人と人がどのように相互に影響を与え合いながら行動しているか」、あるいは「社会や環境とどう関係しているか」といったことがテーマになります。
例えば、集団というのは人によって構成され、同時にその構造や環境が人に影響を与える。人が行動すれば周囲にも影響が及び、結果として集団全体にも変化が生じる。そうした相互作用のプロセスを明らかにするのが、この領域の中心的な関心です。
KA:具体的な研究テーマには、どのようなものがありますか?
正木氏:例えば、私が主に取り組んでいるのは経営学と重なる領域で、特に企業組織の中でのチームワークやマネジメントの問題です。ほかにも、学校をフィールドとした研究では、探究活動などのグループで取り組む学習や教育成果のあり方や、いじめの問題などもテーマになります。
さらには、社会全体を対象とした現象——例えば選挙での投票行動や、トイレットペーパーや米などの買い占めといった行動も、集団内の心理や相互作用の視点から分析できます。
このように、グループダイナミクスは非常に幅広い分野に応用が可能で、私はその中でも社会心理学の立場からアプローチしています。ただ、研究者によっては社会学など、別の学問領域からこのテーマに取り組んでいる方もいます。
KA: ありがとうございます。集団行動というと、基本的には対面でのやり取りが中心になると思います。ただ、最近ではオンライン上でのやり取りも増えていますよね。こうしたオンラインと対面の違いによって、何か生じる現象や影響の違いはあるのでしょうか?
正木氏:その点についてはさまざまな研究がなされていて、明確にこれが正解というものはありませんが、私の考えをお伝えすると、まず基本的な仕組みは変わらないと思っています。
例えば、「人は周囲の目を気にして行動する」といったような、人間が集団の中で持つ根本的な心理や行動の特性は、対面であってもオンラインであっても同じです。人間が人間として関わるという点では、場が変わっても本質的な部分に大きな違いはありません。
ただし、情報量やコミュニケーションの質という点では違いが出てきます。オンラインだとどうしても情報が限定的になるため、言葉によって意図をしっかり伝える必要があり、コミュニケーションスキルがより求められる場面が増えるでしょう。
また、職場などでは、対面だと仕事以外の雑談や近況報告、ちょっとした感謝の言葉などが自然にやり取りされることが多いですが、オンラインだと「目的のあるコミュニケーション」が中心になりやすく、それ以外のやり取りが生じにくい傾向があります。
その結果、集団運営の難易度が上がるかもしれません。例えばテレワークになると、人間関係を支えていた日常的なやり取りが失われてしまい、関係性の維持が難しくなる、といったようにです。
ですので、人間や集団としての「本質」は変わらないものの、コミュニケーションの形や難易度といった「味付けの違い」は確実にあるというのが、私の現時点での見解です。
グループダイナミクスが抱える“言いっぱなし”の危うさと、現場への応用の壁
KA:グループダイナミクスという学問においても、同じようにまだ未解明な点や、人々に与える影響における課題があるのではないかと思います。グループダイナミクスに関連する課題点と、その課題点に対する改善策について教えていただけますでしょうか。
正木氏:今、思いつくものを二つ挙げさせていただきます。
まず一つ目は、扱うテーマが「言いっぱなしになりやすい」ことに注意しなければいけないという点です。人の心理や集団行動に関する話題って、どうしても誰でも語れてしまうんですよね。例えば「集団心理が…」「社会が…」「人の目が…」などといった言葉が、それっぽく聞こえるけれど、実際には深い意味が曖昧だったりする。原子力発電所の事故や組織の不祥事の報告書で、「組織風土の問題」なんて言われることもありますが、「組織風土って何ですか?」と聞かれて明確に答えられる人は少ないと思うんです。
だからこそ、言いっぱなしにならないために、理論やデータといった根拠を伴わせる必要がある。私自身もその点を強く意識しています。特に、私が行っている社会心理学的なアプローチでは、学生を対象にした統制実験や、働く人などの幅広い方々を対象としたアンケート調査、行動データの分析などを通じて、きちんとエビデンスを持って議論を組み立てていくようにしています。科学に近づけていく努力ですね。好き勝手言えてしまう領域だからこそ、そうした工夫が強く求められているのだと思います。
KA:たしかに、未解明な点が多い分野だからこそ、根拠立てた発言を意識しなければいけませんね。二つ目の課題は何でしょうか?
正木氏:二つ目は、グループダイナミクスの研究が持つ応用可能性の広さに対して、それが十分に活かされていない点です。社会は人が作っていて、集団によって成り立っているわけですから、この分野の知見は本来いろいろな領域に応用できるはずなんです。
ただ、現実にはこの分野に取り組んでいる研究者の数が多くはなく、現場への応用も進んでいるとは言い切れない。私が主に扱っている企業組織や職場の問題についても、実際には経営学や経済学、あるいは心理学の中でもメンタルヘルスの問題を積極的に扱う臨床心理学といった他分野に流れてしまうことが多いように感じます。
でも、本来ならば、職場でのチームワークの問題や集団内の相互作用といった観点から解決できる問題も少なくないはずなんです。完全な解決とまではいかなくても、何かを考えるヒントにはなり得る。そういった可能性があるのに、グループダイナミクスという学問があまり知られておらず、応用されていない点はもったいないと感じています。
KA:日常生活に活かしやすい分野なので、もっと研究者の方以外にも普及すると良いですね。
正木氏:はい、地道にこの分野を広めていくことが必要ですし、研究のやり方としても、研究者が一人で進めるのではなく、企業など実際の現場と連携して進めていく形がより重要になってくると考えています。
グループダイナミクス研究の未来──「基礎」と「応用」、二つの進化の方向性
KA:今後、グループダイナミクスに関する研究や実践がどのように発展していくとお考えでしょうか?今後の展望について教えていただけますか。
正木氏:大きくは二つの方向に分かれていくと思います。どちらのアプローチを取るかは研究者によって異なりますが、ひとつは、いわゆる「基礎科学寄り」の方向です。この言い方はあまり適切ではないかもしれませんが、より理論や原理の解明に重点を置いた方向ですね。
例えば、私が以前所属していた東京大学の研究室でも、進化生物学や経済学などの研究者と関わりつつ、人間の進化的な仕組みや、「人はなぜ助け合うのか」といった心の働きを探るような研究も行われていました。これは、人間の行動や心の構造を、より生物学的・神経科学的な観点から解明しようとする試みだと私は理解しています。
神経科学、いわゆる脳科学と組み合わせることで、人間の内面により深く入り込んでいく。ここで言う「内面」というのは、精神世界というより、神経伝達物質などの生理的なレベルにまで踏み込むという意味です。これが、理系的なアプローチのひとつの形だと思います。
KA:もう一つのアプローチは、文系的なアプローチということでしょうか?
正木氏:はい、もう一つの方向は、応用に重点を置いたアプローチです。文系的なアプローチともいえますし、工学寄りのアプローチ、ともいえるかもしれません。こちら側に進む研究者も一定数います。例えば企業や学校など、実社会の組織と連携して、現場と一緒に研究を進めていく。研究者だけでなく、現場の人たちと協力して「社会で何が起きているのか」を明らかにし、その知見をもとに具体的な施策を考えていく。このような応用的な研究も今後ますます増えていくと思います。
この基礎と応用の両方が、それぞれの立場を尊重しつつも、時には相容れない部分も抱えながら進んでいく。結果として、研究がより発展していく流れになるのではないかと感じています。
KA:ありがとうございます。近年AIの発展が著しく、人に頼るよりもAIに頼るという風潮も出てきています。こうした変化は、将来的にグループダイナミクスにどのような影響を与えるとお考えですか?
正木氏:いろんな観点があると思いますが、まず一つは、AIが既存の集団の機能をサポートする形で使われていくケースです。例えば、文章作成の補助、テープ起こしの効率化、資料検索のスピードアップなど、これまでの延長線上で集団の働きをスムーズにする方向でAIが活用されていくでしょう。
ただし、必ずしもそれがすべてプラスの方向に進むとは限りません。例えばSNSでは、似た意見の人同士が集まりやすく、その結果、意見が極端になっていく傾向があります。AIが情報を要約したり、回答したりするような場面でも、情報の偏りが加わることで、集団がかえってネガティブな方向や極端な主張に傾くこともあり得ます。
その意味では、AIによって集団内の作用が「増幅される」という影響は、一つの大きな展開として考えられるでしょう。
KA:他の可能性としては、どのようなものがあるのでしょうか?
正木氏:もうひとつの可能性としては、AIが単なるツールを超えた存在として扱われるようになることです。例えば、AIを相談相手として使い始め、いつの間にか恋人のように扱ってしまうようなケースも現実に起きています。こうなると、グループダイナミクスというのは「人と人の相互作用」という前提が揺らぎ、「人とAIの相互作用」によって新たな動きが生まれるかもしれません。
KA:テレビインタビューで似たような話を聞いたことがあります。
正木氏:こうした現象はまだ研究が追いついていない分野です。実際に社会の中で何か変わった現象が起きて、それがなぜ起きたのかを問い直すところから研究が始まるケースが多いです。今後、AIとの新しい関わり方をする人たちが増えることで、新たな研究テーマが立ち上がる可能性もあると思います。
今はまだ、ごく最近――ここ1、2年でようやく見えてきた話なので、グループダイナミクスの研究分野ではこれから。むしろ社会心理学と哲学の境界にあるような、「人が何に人格を感じるか」といった基礎的な問いに近い領域で先に進展が見られるかもしれません。応用研究としては、これからの話ですね。
「自分らしさ」を失わずに集団に属するには?
KA:グループ行動になると、自分らしさを出せずに感情や行動の欲求を抑えがちになってしまう方もいると思います。そうした中で、グループの中でも自分らしさを失わずにいられるには、どうすればよいでしょうか?
正木氏:これは立場によっていくつかの観点から考えられると思っています。僕自身の立場というより、「誰に向けたアドバイスか」という観点で整理してお話しします。
まず1つ目は、「一人ひとりの個人」としての立場です。会社でいえば平社員のような、特定の指導的立場ではない、普通の人の視点です。
人間はどうしても集団の中でさまざまな影響を受けながら暮らしています。これは避けがたいことで、むしろその影響によってプラスに働く部分もあります。例えば、出張先で初めてのお店を探すとき、口コミサイトを見て判断するように、他者の意見を参考にするのは合理的な行動とも言えます。
ですから、「周囲からの影響を跳ねのけよう」と頑張るのは、あまり良いアプローチではないと感じています。それは無意識に起きることも多く、現実的には難しい。
では、どうすればよいか。僕がシンプルにお勧めするのは、「複数の集団に属すること」です。影響を意識的に避けるのではなく、異なる性質を持つ集団に同時に属しておくことで、色々な異なる常識の存在を体感することで、偏った影響を受けにくくする。結果的に一箇所に縛られることなく、心理的な逃げ場や比較対象を持つことができるという意味で、有効だと思います。
例えば、会社・家族・地域活動など、属性の違うコミュニティに属しておくことで、ひとつの集団に自分を委ねすぎずにすみます。それが現実的な「自分らしさを保つ」方法だと考えています。
KA:たしかに、いくつか居場所があるのは精神面でも大切なことのように感じます。
正木氏:2つ目の視点は、企業のマネージャーや地域のリーダー、学校の先生など、集団をマネジメントする立場の方への提言です。
この立場の人にとっても、「なぜ自分らしさを失わないことが重要なのか」という点を押さえておくことが大切です。上の立場から引っ張る、下を統制するという考え方になりがちですが、人はプレッシャーをかけられると反発します。ですから、単なる統制ではマネジメントがうまくいかないことも多い。
かといって、自分らしさを100%尊重すればいいかというと、それもまた集団がまとまりを失って機能しなくなる。
だからこそ、「自分らしさ」や「個性」を大切にしつつ、同時に「集団として守るべき理念やルール」を明確にしておくことが必要なんです。
これは最近よく言われる「ダイバーシティ&インクルージョン」の“インクルージョン”にも関わる話です。個性と共通の価値観、その両方のバランスを取って運営していくことが重要なんですね。
個性ばかりが重視される風潮もありますが、それだけでは組織や集団は成り立ちません。集団で活動する以上、共通の目的や理念を持ちつつ、個々の自発性を引き出す。そのバランスが大切だと思います。
KA:ありがとうございます。先ほど「複数の集団に属することが良い」とおっしゃっていました。では、具体的にどのような集団に属するのがよくて、逆に避けた方がよいような集団の特徴などがあれば教えていただけますか?
正木氏:ポイントは、「異なる特徴や常識を持つ集団に属すること」です。
例えば、IT企業で働いている方が副業で別のIT企業に関わるといったケース。これは、一見新しい挑戦に見えても、性質が似ているため、専門性を身に着けられるものの、得られる刺激や学びが限定的なことがあります。
それよりは、例えばそのIT企業に勤める方が、地域活動やボランティアなど、まったく異なる価値観や文化を持つ場に関わる。そうすることで視野も広がり、影響の偏りも避けられます。
もう一つ大事なことは、「必ず居続けなければならない集団」でないこと。つまり、「逃げ場」としての機能も大切です。
複数の集団に所属するという話が、かえって「全部頑張らなきゃ」とプレッシャーになるのは本末転倒です。むしろ「ここが合わなければ、別の場所に行けばいい」という柔軟なつながりを持っておくことが、精神的にも健全だと思います。
そういう意味で、会社に複数正社員として勤めるよりも、地域活動や趣味の集まりなど、やめようと思えばすぐやめられるような“緩やかなつながり”のコミュニティを意識的に選ぶと良いと思います。
KA:最近、副業する人も増えていますが、個人としての成長や精神的な面で考えると、やはり全く異なるジャンルに挑戦した方が良いのでしょうか?
正木氏:そのように幅を広げる方向のほうが、個人としての成長の可能性も広がると思います。もちろん、目的が収入や一つの能力を徹底的に伸ばすことであれば同じジャンルでも構いませんが、「多様な価値観に触れる」「違う環境での自分を試す」という意味では、まったく別のジャンルに踏み出してみる価値は十分にあると思いますよ。