経営組織論は、経営者・起業家向けの学問だと思っているかもしれません。
しかし、実際は経営者から中間管理職、新卒社員まで組織に属する方なら誰でも活かせる学問です。
そこで今回は、京都先端科学大学の安達房子先生に経営組織論はどのような学問なのか、どのような場面で役立つのかについて、お話を伺いました。

安達 房子
京都先端科学大学 経済経営学部 教授
【biography】
大阪府出身。
1998年3月 立命館大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了(経営学修士)。
2001年3月 立命館大学大学院経営学研究科博士課程後期課程単位取得。
現在 京都先端科学大学 経済経営学部教授
主著に『ICTを活用した組織変革―マネジメントの視点からのテレワークの分析―』(晃洋書房)、『企業と社会が見える 経営学概論』(共編著、大月書店)がある。
組織は「有効性」と「能率」の両方が必要
ナレッジアート(以下KA): まず、経営組織論とはどのような学問なのか教えていただけますか?
安達氏: 経営組織論は、企業や政府、学校、ボランティア団体など、私たちの身の回りにあるさまざまな組織を分析対象とする学問です。
経営組織論は、組織の成立、存続、変革のメカニズムを解明することを目的としています。また、組織を効果的に運営し、変化する環境に適応するための概念的な枠組みを提供するため、実務にも役立つ知識を得ることができます。さらに、組織の課題を発見し、改善策を提案できる力を養う学問でもあります。
KA: そもそも、組織はどのように定義されるのでしょうか?
安達氏: 組織の代表的な定義として、チェスター・バーナードの「2人以上の人々の意識的に調整された活動や努力の体系」があります。組織の存在意義は、1人ではできないことを実現することにあります。
例えば、1人では動かせない大きな石があるとします。その石を動かすために人々が協力し、それぞれの活動が調整され、体系化されていれば、それは組織といえます。
ただし、個人の働こうとする意欲も人によって異なるため、経営組織論が重要になります。バーナードは、組織が成立するための要件として、以下の3つを挙げています。
- 共通目的
- 協働意欲
- コミュニケーション
人々が意思や情報を相互に伝達・目的を共有し、協働する意欲を持つことで、初めて組織は成立するのです。
KA: 組織を維持するためには、どのようなことが必要なのでしょうか?
安達氏: 組織が存続するためには、組織目的の達成に関わる「有効性」と個人の動機の満足に関わる「能率」の両方を満たす必要があるとバーナードは述べています。
また、 公式組織が形成されると、自然に個人同士の関係から非公式組織も生まれます。例えば、同期入社の社員同士が仲良くなり、仕事の悩みを相談し合う関係がそれにあたります。
こうした非公式組織は、公式組織の円滑な運営を助けることもあれば、逆に個人の関係が悪化することで公式組織の機能を阻害することもあります。そのため、非公式組織は公式組織に大きな影響を与えるため、無視できない存在なのです。
KA:なるほど、ありがとうございます。 経営組織論には、どのような関連分野があるのでしょうか?
安達氏: 経営組織論には、主に以下のような関連分野があります。
- 組織構造論
- 仕事の役割分担、役職の決定、指揮命令系統、情報伝達経路の設計
- 組織図などにより可視化される
- 組織の意思決定論
- 組織の問題解決プロセスの研究
- リーダーシップ論
- 組織における指導者の役割や影響
- モチベーション論
- 個人やチームのやる気を引き出す要因
- 組織文化論
- 組織に根付く価値観や慣習の研究
- 組織学習論
- 組織が知識を蓄積し、成長するメカニズムの分析
- 知識創造論
- 組織内で知識がどのように創造・共有されるかの研究
これらの理論を活用し、実際の組織がどのように人々の活動を調整し、共同で成果を上げているのかを研究するのが、経営組織論の学問といえます。
KA:先生は経営情報論について研究しているとのことですが、経営組織論と経営情報論の違いや相互作用についてお聞かせください。
安達氏: 経営組織論は、組織の在り方や人間関係、意思決定プロセスなどに焦点を当てた学問です。一方、経営情報論は、情報通信技術を活用した経営の効率化や、情報の流れに関する研究を行います。私は大学院生の頃、電子メールが企業で普及し始めた時期に、その影響について研究していました。その中で気づいたのは、新しい技術を導入するだけではなく、組織の仕組みや文化が適応しないとうまく活用できないということです。
例えば、同じテレワークでも、ある企業ではうまく機能するのに対し、別の企業では問題が生じることがあります。これは、単に技術の問題ではなく、組織の運営や文化の違いによるものです。そのため、技術を効果的に活用するためには、経営組織論の知見が不可欠なのです。
また、経営情報論は、情報の流れや伝達を研究し、組織の意思決定プロセスの最適化を図るために役立ちます。例えば、情報のプログラミングやデータ分析の視点を取り入れることで、より効果的な組織運営が可能になります。つまり、経営組織論と経営情報論は相互に関連し、組織の効率的な運営に貢献するのです。
経営組織論は経営者だけでなく中間管理職・新卒社員も活かせる学問
KA: では、経営組織論を学ぶことで、日常生活にどのように生かせるのでしょうか?
安達氏: 経営組織論は、企業だけでなく、小さなグループやチーム、さらには家族やクラブ活動といった日常のさまざまな場面にも応用できます。
例えば、チームで仕事を進める際には、メンバーと積極的にコミュニケーションを取り、仕事の目的を共有することで、共同作業がスムーズになります。また、仕事後に打ち上げを企画するなど、個人の動機に働きかけることでチームの士気を高める工夫も効果的です。
また、コロナ禍で在宅勤務が増えた際には、立ち話や雑談といった非公式なコミュニケーションの機会が減り、孤独感や情報共有の不足の原因になりましたが、組織論を学ぶことで、公式な組織だけでなく、非公式なコミュニケーションの重要性も理解できるようになります。
さらに、組織学習論を活用することで、「今までのやり方が本当に最適なのか?」と問い直し、業務改善のきっかけを得ることができます。また、組織文化やリーダーシップの違いを理解することで、自分に合った組織を選んだり、適切なリーダーシップを発揮したりする手助けにもなります。
KA:経営組織論は企業家にとって有益な学問だと思いますが、一般の方にとっても学ぶ価値があると思います。実際、企業家と一般の方が経営組織論を学んだ際に、どのような違いがあるのでしょうか?
安達氏:確かに、経営組織論を学ぶ際には、立場によって活用の仕方が変わってきます。例えば、経営の管理階層の上の方、つまり経営者や役員レベルの方々にとっては、組織全体のデザインや構造をどう構築するか、誰に権限を与えるか、役職をどう配置するかといった視点が重要になります。組織全体の目的を設定し、戦略を立てる際に役立つ学問ですね。
管理職の方々にとっては、部下の動機づけが重要なテーマになります。リーダーシップの理論やモチベーションの理論を活用し、部下が持っている目標や意欲を仕事にどう向けるかを考えます。部下がやる気を持ち、楽しく仕事ができる環境を整えることが求められます。つまり、仕事の設計を工夫することで、部下がやりがいを感じながら働けるようになるのです。
新入社員や若手社員にとっては、上司との関係や周囲の人とのつながりが非常に重要になります。ここでも、モチベーションやリーダーシップの考え方が役立ちます。また、企業には公式な組織のルールだけでなく、非公式な組織文化も存在します。人との関係をうまく築き、仕事をやりやすくする方法を学ぶことが大切です。
KA:組織文化とは、具体的にどういったものを指すのでしょうか?
安達氏:組織文化とは、その企業に根付いている価値観や仕事のやり方のことを指します。たとえば、自分たちが当たり前だと思っている仕事の進め方が、他の組織では全く違うことに気づくことがあります。そうした気づきを得ることで、現在の業務のやり方が本当に効率的なのか、それともITを活用して改善できるのかといった視点を持つきっかけになります。
KA:経営組織論を学ぶことで、自分の立場に応じた知識を活用できるということですね。
安達氏:はい、その通りです。組織の中での階層によって、どの理論を学ぶべきかは変わってきます。経営者、管理職、新入社員、それぞれにとって有益な学びがあり、それを活かすことで仕事の進め方や人間関係をより円滑にすることができます。
企業を取り巻く環境の変化で経営組織論の課題も変わりつつある
KA:現在、経営組織論にはどのような問題点があると考えていますか。
安達氏:一番大きな課題は、個人と組織の関係です。個人は仕事以外にも家庭や趣味など様々な関心を持ち、また価値観も多様化しています。そのため、組織の目的と個人の目的を調整し、協働意欲を引き出すことが課題となっています。
また、ICT技術の発展により、働き方が多様化している点も重要です。テレワークの普及やフリーランスの増加により、組織に所属する概念が変わりつつあります。この変化に対応するため、組織は柔軟な働き方を受け入れ、個々の価値観やライフスタイルに配慮した制度を導入することも求められているでしょう。
さらに、イノベーションを促進し、変化の激しい環境に適応できる組織へと転換することも重要です。従来の階層型組織からフラットな組織やネットワーク型組織へと移行することで、意思決定を迅速に行い、個人の創造性を引き出すことが期待できます。
KA:最近の若者は打ち上げを好まなかったり、仕事よりも私生活を重視する傾向があるように思います。そうした若者が組織に適応するための、新しいコミュニケーションの取り方については、どのように考えますか?
安達氏:若者に限らずですが、コミュニケーションの方法としては、例えば「今日元気?」といった声かけや、挨拶を大切にすることも効果的です。また、仕事で何か成果を上げたときに褒める、ちょっとした役職を与える、ランキングを作って表彰するなどの方法もあります。こうした小さな工夫が、組織内のモチベーション向上につながります。
もちろん、金銭的な報酬を増やすこともモチベーション向上に有効ですが、常に給与を上げられるわけではありませんし、それが当たり前になってしまうとさらに高い報酬を求めるようになってしまいます。そのため、給与以外の方法でいかにやる気を引き出すかを考えることが重要です。
KA:なるほど。給与以外にも、日々のコミュニケーションや評価制度の工夫が重要なのですね。
組織が柔軟に変化していく「レジリエンス」が重要なカギとなる
KA:経営組織論は今後どのように発展していくのでしょうか。
安達氏:今後は組織のレジリエンスが重要になってくると思います。レジリエンスとは、一般的に「回復力」とも言われ、困難な状況に適応し、乗り越えていく能力のことを指します。近年では、新型コロナウイルスの感染拡大やロシアによるウクライナ侵攻など、世界的な危機が次々と発生しています。このような予測不能な状況の中で、組織がどのように対応できるかが重要になっています。
分かりやすい例を挙げると、スマートフォンの普及により、電話やカメラといった機能が1台のデバイスに統合されました。その結果、従来のカメラ市場は縮小しました。同じように、書籍や印刷物もデジタル化の影響で生産量が減少するなど、さまざまな業界が変化を迫られています。このような環境の中で、レジリエンスのある組織をどのように設計するかが、非常に重要なテーマになっています。
KA: 環境変化に対応する力が求められているのですね。では、ICTと組織の関係についてもお聞かせください。
安達氏: はい。ICTの進展に伴い、組織の在り方も変わりつつあります。例えば、テレワークの普及やAIの活用が進む中で、企業の働き方が大きく変わりました。特にソフトウェア開発やコンサルティング業界では、バーチャルチームや在宅勤務が一般化しつつあります。また、AIの導入によって、人間はより知的な活動に集中することが求められるようになっています。このような変化に対応するため、新しい組織理論の構築が必要になってきます。
また、現在、組織は単に利益を追求するだけでなく、環境や社会への配慮が求められています。例えば、ESG(環境・社会・ガバナンス)経営やサステナビリティを重視した組織デザインが注目されています。経営組織論の観点からも、持続可能な組織の構築が重要な研究テーマになっています。
さらに、日本ならではの話をすると、現代では終身雇用や年功序列といった従来の雇用形態が崩れつつあります。その代わりに、ジョブ型雇用の導入が大手企業を中心に進んでいます。日本の組織は、これまで協調的な働き方や、集団で協力して仕事を進める文化に強みがありました。また、知識やノウハウの暗黙知を共有しやすいという特性もあります。これらの長所を生かしつつ、新たな組織モデルを模索する必要があります。
KA:日本と外国の組織論における組織の形というのは、かなり異なると思います。研究内容も、日本の先生方が研究されている内容と、海外の先生方の研究内容は結構違うのではないでしょうか?
安達氏:そうですね、確かに異なります。例えば、組織の定義として、バーナードの理論がよく出てきますが、アメリカの理論を日本が吸収している部分が多いのも事実です。バーナードの理論は1938年に発表されており、個人の自由意志や自立性を強調して協働の重要性を説いています。一方、日本はどちらかというと集団の調和が重視される傾向にありますので、そこには違いがあります。
アメリカの理論では、文化的な背景や個人の役割が重要な要素となっており、それが日本とは異なるので、日本で研究されている組織論は、日本の組織に合った理論が主な研究対象となっています。
例えば、野中郁次郎先生の知識創造論では「暗黙知」の共有が重要だとされています。日本では、ノウハウ、コミュニケーションの重要性が非常に強調されています。日本の企業が成功した理由の一つが、この暗黙知の共有や知識創造にあるのではないかと考えられています。この理論が海外で受け入れられて、実践されているケースも多いですね。
KA:それが実際にアメリカや他の国々で実践されているということですね。
安達氏:はい、日本はアメリカや海外の理論の良いところを吸収して取り入れています。しかし、日本の文化に合わない部分を無理に真似ようとすると、例えばジョブ型雇用のような例が出てきます。完全にジョブ型雇用を100%受け入れるのは、日本の文化では難しい部分もありますね。
逆に、海外でも日本発の理論を良いところは取り入れたりしています。お互いに、異なる文化や生活スタイル、価値観があるので、その国に合ったものをどう取り入れていくかが大きな課題となります。
実際の組織の問題を解決するヒントを得られる学問
KA:では、経営組織論を学びたいと考えている方に向けて、アドバイスをいただけますか?
安達氏: 組織で働いていると、チームの運営がうまくいかない、上司や部下との関係が難しいなど、さまざまな組織デザインに関する課題に直面することがあります。そんな時、経営組織論を学ぶことで、こうした問題の解決のヒントを得られます。
また、自分自身の行動を振り返り、何気なく行っていることの重要性に気づいたり、不足している部分を補ったりするのにも役立ちます。例えば、チームの生産性が上がらない原因が人間関係の希薄さや目的の不明確さにあることを理解し、適切な対策を講じられるようになります。
さらに、組織の構造や文化といった広い視点を持つことで、チームや職場の課題を深く理解し、解決策を考える力も身につくでしょう。リーダーシップやモチベーション論を活用することで、組織内で影響力を発揮し、より良い職場環境を作り出せるようになるのです。
加えて、経営組織論は心理学、社会学、経済学など、多様な学問と関わりがあります。そのため、人と組織の関係に興味がある方、リーダーシップを学びたい方、組織の仕組みを知りたい方には特におすすめの分野です。
KA: 経営組織論を学ぶことで、職場の問題解決や自身の成長にもつながるのですね。
新卒や若手社員の場合、大学で学んだ組織論をすぐに実務で活かせることが多いと思いますが、中間管理職の方々は最新の組織論をどのように学ぶのでしょうか?学ぶ場や機会について教えてください。
安達氏:本屋さんやネットで組織論に関する書籍が多く出ているので、それらを活用するのも一つの方法です。また、企業内で勉強会や研修が開催されることもあります。こうした機会を活かすのも良いでしょう。
その他にも、学術学会や研究会に企業の方が参加するケースもありますし、興味を持った個人が自主的に勉強会を開くこともあります。大学や公的機関でも学べる機会を提供しています。
最も重要なのは、自分自身が学ぶきっかけを持つことです。「本を読もう」と思ったり、「勉強会を開こう」と考えたりすることが大切です。こうした取り組みを通じて、経営組織の理論を実践的に学ぶことができます。
KA:自己学習の姿勢が重要ですが、企業によっては積極的に学ぶ場を提供しているのですね。