日本に住む私たちにとって、自然災害は避けて通れない現実です。専門家によると、首都直下地震は今後30年以内に70%の確率で発生すると予測されています。さらに、今年1月に発表された政府の地震調査委員会の報告では、南海トラフで想定されるマグニチュード8〜9の巨大地震が発生する確率が「70〜80%」から「80%程度」へと引き上げられました。
私たちはいつ発生してもおかしくない大規模災害と常に隣り合わせの状況にあります。そのため、正しい知識を身につけ、万全の備えをしておくことが不可欠です。
そこで今回は、環境政策や廃棄物管理の専門家である大正大学の岡山朋子先生に、災害時のトイレ問題について詳しくお話を伺いました。

岡山 朋子
大正大学 地域創生学部 地域創生学部 教授
【biography】
静岡県生まれ。
名古屋大学大学院環境学研究科修了、博士(環境学)。
専門は廃棄物管理、循環型社会政策論。食品ロス・食品廃棄物管理、災害廃棄物管理などを研究。
名古屋を中心とした食品リサイクルの取組である「おかえりやさいプロジェクト」のリーダー、同プロジェクトは2018年生物多様性アクション大賞・環境大臣賞を受賞。
『ごみについて調べよう1〜3』あかね書房(2019)を監修
災害時のトイレ対策の変遷
ナレッジアート(以下KA): 災害時のトイレとは具体的にどのようなものですか。
岡山氏:災害が発生すると、最初の約72時間は「初動期」と言われており、人命救助が最優先となります。この初動期の3日間で災害廃棄物が発生することが多いです。道路に流れ込んだ流木や浸水家屋から出る片付けごみ、避難所で発生する仮設トイレに溜まったし尿、初動機よりももっと後で発生する解体ごみなどが災害廃棄物に含まれますが、今回は災害時のトイレに関連する廃棄物災害に焦点を当ててお話しします。
実は、国が処理費用を負担する「災害廃棄物」として認定されるかどうかは、災害の規模とごみの種類によって異なります。被災しなかった地域の一般的な生活ごみや避難所の生活ごみは災害廃棄物には該当しませんが、災害時のトイレのし尿に関しては、災害廃棄物として扱われ、国の支援対象となる場合があるんです。
法律的な話をすると、実は、昔は災害時のトイレについて深く考えられていなかった部分がありました。しかし、1959年の伊勢湾台風をきっかけに「地域防災計画」が策定され、現在では全国1741の自治体及び都道府県がそれぞれ地域防災計画を持っています。その中では「避難所の開設」や「仮設トイレの設置」が義務付けられています。
一方、仮設トイレのし尿処理も計画的に進める必要があります。そのため、廃棄物処理のスキームの中で、災害廃棄物処理基本計画を策定することが求められています。東日本大震災の後、様々な見直しが行われた結果、それまで大規模水害と震災にわかれていた災害廃棄物処理計画策定に向けた指針が一本化されました。この指針に基づき、全国の自治体が計画を作成しようとしていますが、まだすべての自治体で完成しているわけではありません。
そして、皆さんもご存じの通り、災害時に仮設トイレだけでは十分ではありません。そのため、近年ではさまざまな対策が進められています。たとえば、内閣府が発行する「避難所におけるトイレのガイドライン」では、避難所の運営において仮設トイレだけでなく、携帯トイレやマンホールトイレなど、多様な選択肢を用意し、備蓄することが推奨されています。また、国土交通省からもマンホールトイレの整備を進めるよう指示が出されています。
このように、近年になって災害時のトイレの種類が増え、より具体的な対策が求められるようになってきました。これにより、自治体や関係機関も、従来以上にトイレの確保と管理に力を入れるようになっています。
KA: 2011年の東日本大震災時の避難所では、まだその辺りの整備が十分でなかったと聞いたことがあります。
岡山氏: はい。避難所となった雑魚寝状態の体育館内で、他の避難者の方の真横にダンボールで作ったトイレスペースが設置されたケースもありました。体育館の真ん中にダンボールだけで囲われたトイレで、用を足せますか? 実際、15年ほど前までは、このような状況が当たり前のように見られました。 しかし、近年になって急速に改善が進んでいます。2018年頃から「日本避難所学会」がTKB(トイレ・キッチン・ベッド)という考え方を提唱し始めました。これは、「避難所には適切なトイレ・温かい食事を提供できるキッチン・寝るためのベッドを即時に設置すべき」という考え方です。ダンボール製の間仕切りやベッドが導入されてプライバシーが守られるような避難所、また、「トイレトレーラー」や「トイレカー」と呼ばれる牽引式・自走式トイレなども出てきています。これならば被災地へ迅速に輸送できますよね。
災害トイレの種類
KA: 災害時のトイレには具体的にどのような種類があるのでしょうか。
岡山氏:普段、私たちが使っているトイレは、自宅のトイレ、職場のトイレ、駅や公園などの公共トイレです。現在では、ほぼすべて水洗トイレではないかと思います。
しかし、災害が発生し、水道が停止(断水)し、水洗トイレが使えなくなった場合、意外と役立つのは汲み取り式トイレです。しかし都会では汲み取り式トイレはありません。
また、災害時に断水すると、自宅のトイレを使う場合でも水をバケツで流す必要が出てきます。この時点で、すでに「非常時のトイレ」となり、普段のトイレとは異なる環境になります。
さらに、水の確保すら難しくなった場合、ビニール袋と凝固剤を使った「携帯トイレ」が活用されます(簡易トイレは便座付きのもの、携帯トイレは便袋のこと)。携帯トイレは、自宅や避難所でトイレ自体の被害がない場合に特に有効であり、最近の震災でも多く使用されました。
そして、避難所には仮設トイレやマンホールトイレが設置されます。仮設トイレは比較的簡単に設置でき、災害時のトイレとしては、最も一般的なものになります。2トントラックに7〜8基ほど積んで運搬できます。そのため、災害時にも迅速に現場へ運ぶことが可能です。ただし、実際には届くまでに数日を要したり、汲み取りや清掃の管理が必要となるため、計画的な運用が求められます。
そして、仮設トイレが十分に確保できなかった場合には、前述した携帯トイレの他、やむを得ずおむつやペットシート、新聞紙、ビニール袋などを活用して対応することになります。
特に、男性の場合は、屋外で小便を排泄することも比較的容易ですが、女性にとってはそれが難しいため、さまざまな災害時のトイレを考える必要があります。
廃棄物の処理スキーム
KA:災害トイレから出た廃棄物はどのように処理されるのですか。
岡山氏: 具体例をいくつか紹介しましょう。まず、西日本豪雨の発生時や、熊本地震で震源地となった熊本県益城町と周辺地域の避難所では、当然のことながら完全に断水し、普段のように水洗トイレが使用できませんでした。
そこで、益城町の避難所には仮設トイレを設置しました。仮設トイレには内部に汚物が溜まる「便槽」があり、ここに排泄物が貯まる仕組みになっています。この排泄物を処理するためには、裏側からバキューム車で汲み取る作業が必要になります。このバキューム車で汲み取った排泄物は、通常ならばし尿処理場に運ばれ、そこで処理されます。しかし、し尿処理場が使えない場合は、希釈した上でマンホールを通じて熊本市の下水道に流す、という流れで処理しました。
東京のように下水道が100%普及している地域は例外ですが、日本全国には、水洗化率は高いものの、浄化槽や汲み取り式トイレを利用している地域もあります。例えば、2018年の西日本豪雨の際、愛媛県大洲市では、通常ならば、し尿処理場に運ばれて処理されるのですが、水害によって川が氾濫し、処理場の建物内に水が流れ込み、設備が水浸しになってしまいました。し尿処理場が機能しなくなるという壊滅的な被害を受け、処理が滞ってしまいました。
このような状況になると、各家庭や避難所に設置された仮設トイレの汚物の処理ができません。さらに、洪水で汲み取り式トイレに流れ込んだ泥なども回収しなければならないため、対応が非常に困難になります。
最終的に、大洲市では汲んだし尿を松山市まで運んで処理するという対応をとることになりました。こうした対応が求められるほど、し尿処理の問題は深刻なのです。
トイレの設置には時間がかかる
KA:災害トイレの設置はどのように行われるのですか。
岡山氏: まず、災害時のトイレに関して重要なポイントとして、「時間」が挙げられます。
熊本地震の際に実施されたアンケート調査では、被災者の方々に「発災後、どれくらいの時間でトイレに行きたくなりましたか?」と質問しました。 その結果、3時間以内にトイレに行きたくなった人が約40%、6時間以内では約34%でした。発災後6時間以内にトイレに行きたくなった人が、全体の約73%を占めていたのです。つまり、トイレは食べ物とは違い、「待ったなし」だということです。食べ物は24時間食べなくてもある程度我慢できますが、トイレは我慢できません。災害発生後、トイレを確保するために許されているリードタイム(猶予時間)は、わずか6時間しかないということになります。
KA: しかし、実際には6時間で仮設トイレを手配するのは難しそうですが。
岡山氏:その通りです。例えば、東日本大震災の時にも熊本地震の時にも、各自治体の避難所から「仮設トイレを持ってきてほしい」という要請が相次ぎました。では、その要請がなくなった、つまり「トイレが足りた」と報告されたのはいつだったのかというと、一番早い自治体でも3日後、長いところでは1か月もかかっていました。特に、熊本では道路が通行不可能になっているわけでもなく、津波の被害もなかったにも関わらず、配備には東日本大震災の時と同じくらいの時間がかかっていました。 つまり、仮設トイレの最大の問題は「設置に時間がかかる」という点です。6時間以内に必要なのに、実際には何日も待たなければならない。それでは正直なところ、役に立ちませんよね。
仮設トイレの問題点
KA:仮設トイレについて、他にはどのような問題点が挙げられますか。
岡山氏: やはり、最も多かったのが「臭い」の問題でした。仮設トイレは臭いや汚れがひどく、使いにくい上に衛生的な問題もあり、利用者にとって大きなストレスになっています。屋外にあるため、夜は暗いというのも女性には大問題です。性犯罪の温床になります。
また、仮設トイレには「朝のラッシュ」という問題もあります。例えば、浦安市では、東日本大震災の際に市内の7割が液状化し、下水道が1か月間使えませんでした。そのため、浦安市では市民に約30万枚の携帯トイレを配布し、町のあちこちに仮設トイレも設置しました。しかし、ある女性が言っていたのですが、「朝4時に並んでも、トイレに入れるのは8時だった」というのです。
KA: 4時間待ちですか。
岡山氏: そうなんです。人間は朝、必ずトイレに行く習慣があるため、どれだけ仮設トイレの数を増やしても、朝のラッシュは避けられないのです。これは、災害時のトイレの大きな課題の一つです。
また、仮設トイレは誰にとっても使いづらいのですが、特に女性にとって大きな負担になっています。
もともと仮設トイレは工事現場に設置されるものとして開発されたので、使用するのは基本的に男性という前提でした。そのため、大も小も兼用できるように、和式トイレが主流でした。しかし最近では家庭のトイレも洋式が一般的になってきており、現在ではほとんどの仮設トイレが洋式に切り替わっています。
ただ、洋式トイレになったからといって、すべての問題が解決するわけではありません。
例えば、女性は小便の際にも必ず個室が必要になりますよね。さらに、女性の場合は男性と異なり、小便の際にも下着の着脱が必要です。加えて、トイレットペーパーで拭く作業もあるため、男性よりも1回の使用時間が長くなります。実際、女性のトイレ利用時間は男性の約3倍といわれています。そのため、本来は女性用トイレは男性の3倍の数でトイレを用意しないと、待ち時間が均等にはなりません。ですが、現状では災害時のトイレですら均等に配備されないため、災害時も当然のように女性のトイレが不足して、長い行列ができてしまいまい、女性の不便さがより顕著になります。
災害時に関わらず、女子トイレの行列は、トイレが男性使用者を前提に設計されている、いわば「昭和のオトコの発想」に起因する問題です。
仮設トイレにおける性犯罪問題
岡山氏:もう一つの大きな問題ですが、仮設トイレには「照明がない場所が多い」という点があります。 これは特に女性にとって深刻な問題です。暗い環境というだけで、仮設トイレがとても使いにくくなるだけでなく、夜間に性犯罪が発生するリスクが高まるのです。 まず、仮設トイレは屋外に設置され、しかも照明がないと夜は真っ暗になります。このため、女性にとっては極めて危険な場所になってしまいます。この問題は、30年前の阪神・淡路大震災の頃から指摘されており、それ以降の大規模災害でも必ず報告されているものです。しかし、この問題はあまり大きく報道されることがありません。
また、性犯罪の被害は親告罪、つまり被害者が自ら訴えなければならないため、加害者が顔見知りの場合、被害者が声を上げにくいという現実があります。静岡大学には、ジェンダーと災害を研究しているグループがあり、研究者たちが丹念に聞き取り調査を行っています。その結果、過去の災害においても性被害が確実に発生していたことが明らかになっています。本当に残念なことですが、こうした問題は毎回の災害で繰り返されています。
男性にはあまり知られていないかもしれませんが、災害時のトイレは、単に「臭くて不快」という問題だけでなく、女性にとっては「襲われるリスクがある」という極めて深刻な問題を抱えています。仮設トイレと携帯トイレのどちらをより使いたくないか、という点で意見が分かれることがあるのですが、このような理由から、女性にとっては、仮設トイレよりも携帯トイレのほうがまだマシと思われるのではないでしょうか。
災害時の女性の健康リスク
岡山氏:このように、特に女性にとっては仮設トイレの環境が悪いため、トイレに行かないように飲食を控えるという行動をとることがよくあります。 実際に、中越地震や中越沖地震の際にも、女性が水分を控える傾向が見られました。そのため、熊本地震の際には、新潟の医療チームが避難所で健康診断を行い、調査をしました。すると、やはり女性の多くが「エコノミークラス症候群」にかかっていたのです。
他には、東日本大震災の後、仙台市で下水処理場が津波で完全に機能を失った結果、90万人が接続する浄化センター(下水処理場)が機能停止しました。下水処理場で浄化されて海に流れるはずの下水が、そのまま流出してしまう状況になったのです。そのため、行政は市民に「トイレの使用を控えてください」と要請しました。さらに、仙台市では、地震による停電が1週間続きました。その間、多くのトイレは電気がなければ使えないため、結局、水を確保して手動で流すしかありませんでした。そして、この状況においても、「水分を控えてトイレの回数を減らした」という人が7割以上いました。その多くが女性です。
水分を控えることで血栓ができやすくなり、エコノミークラス症候群のリスクが高まります。つまり、災害時のトイレ問題は、特に女性にとって「生命に関わる」問題なのです。
そこで、仮設トイレではなく、携帯トイレを活用する方法を検討してみました。例えば、大学の帰宅困難者を想定して、350人が2泊3日避難した場合、どれくらいのトイレのごみが出るかを試算しました。結果的には約1.2トンのごみが発生するという計算結果でした。48時間ではなく、72時間避難した場合は2トンを超えます。
また、女性の場合、生理があるかどうかに関わらず、衛生状態を保つためにナプキンあるいはライナーの配布を検討しました。3日間着替えができない状況では、尿路感染症のリスクが高まるため、最低限の衛生対策が必要になります。こうした話を男性にすると、「ライナーって何?」と言われることがあります。災害時のトイレ問題は、単に仮設トイレの数を増やすだけでなく、性差を考慮した対策が必要です。男性と女性では排泄の仕方や所要時間が異なります。その違いを理解し、適切な備えをすることが、災害時の健康被害を防ぐ重要なポイントなのです。若い男性にはわからないかもしれませんが、男性用尿パッドも備蓄しておくほうが良いと思います。
マンホールトイレと問題点
岡山氏: 災害トイレには、他にマンホールトイレと呼ばれるものがあります。マンホールトイレと仮設トイレは似たようなものですが、設置方法が異なります。マンホールトイレは、災害時に道路上のマンホールのふたを開け、その上に専用のトイレ設備を設置し、直接下水道へ排泄物を流す仕組みです。下水道がない場所には設置できませんが、シンプルな仕組みです。また、仮設トイレとは違い、マンホールトイレは備蓄があればすぐに設置できるというメリットがあります。
テント式やボックス式のものが多く、避難所などに備蓄されていることが多いです。水が止まって通常のトイレが使えなくなった際に、マンホールのふたを開けて設置すれば、すぐに使えるというメリットがあります。国土交通省が普及を推進しており、災害が発生し、断水した場合には、町中にマンホールトイレが次々と設置されることを目指しています。
特に東京都の場合、仮設トイレが設置されても、23区内にはバキューム車とし尿処理施設がないという問題があります。つまり、仮設トイレを設置しても汲み取り及び処理が難しいのです。そのため、東京都ではマンホールトイレの活用が不可欠とされています。
KA: 非常に良いソリューションに聞こえますが、問題点はあるのでしょうか。
岡山氏:まず、屋外に設置されるため、夜間は仮設トイレと同じく安全性の問題があります。照明がないと、特に女性にとっては危険な場所になってしまいます。
また、マンホールトイレは設置自体は簡単なように見えますが、意外とそうではない。マンホールを開けることだけでも、難しいことがあります。さらにテント式のものはしっかりとした構造ではないため、高齢者や身体が不自由な方には使いづらいことがあります。特に、立ち上がる際にテントに手をついてテントごと倒れてしまう事故が報告されています。
下水道の流れに関する問題もあります。上流に水を流せる施設(例えばプールなど)がある場合は問題ありませんが、水の流れが確保できない場所では使用できないことがあります。
携帯トイレと問題点
岡山氏:次に、携帯トイレ(既存のトイレに設置して使う便袋)についてお話しします。携帯トイレは、能登半島地震の前の災害において特に浦安市での使用事例が最大のものです。
前述したように、東日本大震災の際、浦安市では液状化により下水道が1か月間使えなくなったため、仮設トイレを町中に設置しました。しかし、特に朝の時間帯には長蛇の列ができてしまい、4時間待ちなどということも珍しくありませんでした。仮設トイレの設置基準では「20人に1つ」とされていますが、朝の時間帯にはそれでも足りなくなるのです。そのため、対策の一つとして、浦安市は市民に30万枚の携帯トイレを配布しました。
しかし、携帯トイレにも課題があります。例えば、男性の場合、携帯トイレで立って用を足すことが多く、小便を飛び散らしてトイレを汚すことがあります。一方で、女性の場合、握力が足りず携帯トイレの袋をきちんと縛ることが困難だったという声も聞こえています。
KA:仮設トイレ、マンホールトイレ、携帯トイレの3種類の災害用トイレと、それぞれの問題点について、とてもよく分かりました。
改善は進んでいるが、未だに不便な災害トイレの現状
KA:直近では能登半島地震が記憶に新しいですが、実際の災害時の現場はどのような様子なのでしょうか。
岡山氏: 例えば、七尾市の中島小学校は高台に位置しており、一時的に多くの避難者が集まった場所です。1月1日の夜には、500人を超える人が避難していたとも言われています。その避難者たちは、24時間以内に1度は大便の排泄が必要になるため、トイレには大便があふれました。
このようにトイレの水が流れなくなると、避難者は車でトイレを探しに行くようになります。道の駅や鉄道駅、トイレがありそうな場所に車で向かうのですが、どこもすでに大便があふれ、満杯の状態でした。結果的に、公園の植え込みや建物の裏側などにも排泄物が散乱する状況になりました。
これはメディアではほとんど報道されませんが、大規模な災害では必ず起こる現象です。
KA: そんな状況が実際にあるんですね…。
岡山氏: そして、トイレの問題は設備面でもさまざまな課題があります。例えば、トイレトレーラーにはステップ(階段)の幅が比較的広めで傾斜も緩やかなものもありますが、中には急な階段のものもあり、高齢者がトイレから出てきた時に踏み外して転倒する事故も報告されています。 輪島市のある避難所では、東京都からの支援で物資が非常に充実していました。現場には30人以上のスタッフが交代制で配置され、仮設トイレの管理が徹底されていました。ここでは、1基数十万円ほどするラップ式簡易トイレ「ラップポン」が導入されていました。単体では高価な簡易トイレと言えますが、排泄物をラミネート加工して密封できるため、衛生的に優れています。ただし、使用後に密封処理に90秒かかるため、利用者の中には「待つのが面倒」と感じる人もいました。そのため、寒くても、屋外の仮設トイレを選ぶ人が特に男性に多かったようです。
また、場所によっては下水道に水を流すことすらできませんでした。例えば輪島市では、水が流せないため、歯を磨いても口をすすぐことができず、水を含んだ後にオムツの上に吐き出すという方法が取られていました。これは心理的なストレスも大きかったようです。
KA: 下水に水を流せないという状況は考えたことがなかったです。
岡山氏: 実は、下水道に水を流せない状態を表す明確な言葉がないんです。私たちも「下水の断水」という言葉が適切なのかどうか、議論していました。水道が使えないのは「断水」ですが、下水が使えない状態をどう表現するかが難しいですね。
輪島市ではこの状態が半年以上続いており、これは異常事態だと思います。
次に、輪島市の中で最大の避難所だった輪島中学校ですが、ここでは、多種多様なトイレが設置されていました。例えば、トイレトレーラーやトイレカー、仮設トイレ、携帯トイレなどです。
トイレトレーラーは牽引が必要ですが、トイレカーは運転席がついていて自走できます。これらは避難所以外でも活用できるため、非常に便利です。輪島中学校の避難所トイレは大阪府の対口支援によって管理されており、2時間に1回のペースで汚物ごみの収集が行われていました。避難所から出る汚物ごみは毎日収集され焼却工場に運ばれましたが、発災後しばらくは焼却工場が止まっていたため、工場のピットに溜め続けていたそうです。つまり、しばらくの間はごみ処理ができなかったということです。
KA: トイレの問題は本当に深刻ですね。
岡山氏: はい。例えば、河井小学校では、避難者が最初の段階で用具室をトイレ代わりに使ってしまい、大変な状況になりました。その後、輪島市職員たちは掃除をし、用具室にあった跳び箱やマットなどはすべて廃棄したそうです。
また、大屋小学校では、同じように1階のトイレが避難者の大便であふれ、臭くて近寄れなくなってしまったそうです。そのため、職員や避難者が協力し、学校の家庭科室や調理室にあったおたまなどを活用し、排泄物を取り除いてトイレ掃除をしました。このように 避難所では、必ず誰かが最初のトイレ掃除をしなければなりません。これが、避難生活の厳しい現実の一つです。
KA: 災害のストレスに加えて、トイレの問題も大変なストレスになってしまうんですね、
岡山氏: その通りです。人は排泄を避けることはできません。だからこそ、災害時のトイレ問題は、発災直後から考えておく必要があります。他人任せにしないで「自分の排泄は自分で守る」という視点を持つことが大事です。
他には、マナーの問題もあります。例えば、ラップ式簡易トイレの便座は高さが約40cmで、通常の洋式トイレとほぼ同じですが、男性は立って用を足そうとしてしまうことが多いんです。その結果、飛び散りが発生し、衛生的な問題が生じてしまいます。しかし、男性が自分で掃除するかというと、そういうわけではありません。たとえ注意書きをしても、長年の習慣で無意識に立って用を足してしまうことが多いそうです。女性も、紙は流してはいけないと言われても、つい、便器に使用済みのペーパーを落としがちです。こうしたトイレ利用時のルールは普段のトイレの使用方法とは異なるため、災害時のトイレ環境を整えるうえで重要なポイントです。
個人や事業所でするべき備え
KA:では、我々は災害時のトイレ問題にどのように備えれば良いでしょうか。
岡山氏:基本的には個人や家庭、事業所での携帯トイレの備蓄が大切です。すべてを行政が負担するのは現実的ではありません。たとえば、東京都が1300万人、1日5回、1週間分のトイレを用意するのは不可能です。
まず、携帯トイレの備蓄についてですが、基本的には1人分で計算します。ただし、家族が2人いれば2人分を用意する必要があります。1日にトイレに行く回数は、5回と想定します。うち4回が小便、1回が大便という計算です。これを7日分で計算すると、必要な携帯トイレの枚数が分かります。例えば、1人分で7日間の場合、約35枚程度が必要になります。3人家族ならば、50枚入りのセットを2箱程度備えておけば、ある程度安心できるでしょう。
加えて、洋式便座に被せる大きなポリ袋、汚物ごみを入れる大型の消臭ポリ袋、トイレットペーパーやおむつ、ペットシートなども備えておくと便利です。特にペットシートは意外と役立ちます。もしもあれば、新聞紙や段ボール箱も災害時には非常に役に立ちます。
その次に重要なのが事業所での備蓄です。例えば、私が働いている大学では学生が約4500人在籍していますが、実際にキャンパスに滞在するのは最大でも教職員合わせて2500人程度です。これらの人が帰宅困難者になって3日間大学に滞在するとしたら、2500人分×5回×3日分として、37,500枚の携帯トイレを備蓄する必要があると言えます。結構な量ですよね。
KA: なるほど、事業所でも備蓄が必要なのですね。
岡山氏: はい。特に役所などは業務を継続しなければならない場所なので、必ず携帯トイレを備蓄すべきです。これは事業継続計画(BCP)の観点からも重要です。実際、金融機関ではすでにこの備蓄を徹底しているそうです。銀行などは業務を止めることができないからです。
つまり、銀行にできることは、他の企業でもできるはずです。ぜひ、一般企業でも携帯トイレの備蓄を進めてほしいと思います。
特に東京では、災害発生後に断水期間が長引く可能性があります。そのため、最初の3日間は最低限自分で対応できるように準備しておくことが重要です。
携帯トイレの備蓄は個人や企業が行い、簡易トイレやラップ式トイレなどは行政や地域で準備するのが理想的だと思います。もちろん、事業所でも簡易トイレも備蓄し、行政も避難所に相当数の携帯トイレを備蓄して欲しいです。
快適な災害トイレを目指して:新たな発想が切り拓く災害トイレの未来
KA: 起業家志望の学生や、災害時の対応を考えている人たちにアドバイスをお願いします。
岡山氏: まず、先ほども述べましたが、何よりも重要なのは携帯トイレの備蓄です。これは誰にとっても必須です。BCP(事業継続計画)の観点からも、企業や自治体がしっかり備蓄しておく必要があります。長期間の断水を想定し、ライナーや尿パッド、除菌シート(手洗いの代わり)、液体歯磨きなども備蓄すると良いでしょう。
また、最近、能登半島地震の影響もあり、企業の方々から「自社で作っている製品が簡易トイレに活用できるのではないか?」といった問い合わせが増えています。例えば、ダンボール製品を作っている会社などが、「災害時に役立つものを提供できるのではないか?」と考えるようになったのです。
KA: なるほど、企業側も防災に貢献しようとしているんですね。
岡山氏:はい。さらに、つくっているものを災害トイレに生かすことができないか、知恵を絞っているのだと思います。若い世代の方々や起業家の皆さんには、より発展的な視点で考えてほしいです。たとえば、携帯トイレをどれだけ快適にし、普段のトイレに近づけられるか、という発想が大切です。そのためには、自分とは違う性や年代の人の排泄や長期間の断水生活に関する豊かな想像力も必要です。たとえば、水循環型手洗いスタンドなどを開発したWOTAも、学生発ベンチャーだと聞いています。
また、ラップ式トイレ「ラップポン」は、排泄物の衛生管理の観点から開発されたものですが、価格が高く、消耗品のコストもかかる上、密封に電気が必要で時間がかかるという課題があります。もし、これらの課題を解決し、より安価で効率的なものが開発されれば、現在よりも普及しやすくなるのではないでしょうか。例えば、本体50万円のものが5万円になれば、消耗品がもっと安くなれば、より多くの行政や企業が導入しやすくなり、家庭やコミュニティにも売れるかもしれません。ただし、このような改善は、当然ながらラップポンの開発企業である日本セーフティ株式会社が行っており、すでに新製品が出ています。
他には、携帯トイレの収集・運搬にも改善の余地があります。今は袋に入れて収集する方法が一般的ですが、パッカー車(ごみ収集車)で使用済み携帯トイレを収集する際、内容物が飛び散るリスクがあります。もちろん、適切に処理されれば大きな問題にはならないかもしれませんが、飛び散り防止のために、携帯トイレをダンボール箱に入れて収集できるようにすると、かなり改善されるそうです。使用済み携帯トイレ、汚物ごみの収集運搬に関する良いアイディアがあれば、より効率的かつ衛生的な携帯トイレの運用が可能になるかもしれません。
このように、私たちがまだ気づいていないブレイクスルーとなるアイデアが、どこかにあると思います。災害時のトイレ問題を解決するためには、こうした新しい発想が重要になります。企業の技術や発想を活かして、より良い災害トイレを開発してもらいたいと思っています。
そして、この話は決して産業の話だけではなく、自分自身や家族の命にも関わる大切な課題です。今後、さらに画期的な技術やアイデアが生まれることを期待しています。