子どもから大人まで、さまざまなライフステージで影響を及ぼす発達障害。なかでもADHD(注意欠如・多動症)は、集中力の持続が難しかったり、衝動的な行動をとったりと、日常生活において「ちょっとした生きづらさ」につながることがあります。
しかし一方で、独自の感性や行動力を活かして輝く人も多く、正しく理解することでその人らしい生き方を支えることができます。
この記事では、佛教大学の免田賢先生に「ADHDとは何か?」という基本から、診断、支援制度、さらには社会でその特性を活かすためのヒントまで伺いました。

免田 賢
佛教大学 教育学部 臨床心理学科 教授
【biography】
関西学院大学 博士前期 文学研究科 心理学専攻修了後
2003/03 国立病院機構 肥前精神医療センター(厚生労働技官)
2006/03 吉備国際大学社会福祉学部臨床心理学科 講師を経て
2006/04 佛教大学教育学部臨床心理学科 講師に就任
2018年より日本ペアレントトレーニング研究会理事
2022年より日本心理臨床学会 心理臨床学研究 編集委員
1995年 日本行動療法学会 内山記念賞受賞、2016年 日本発達障害学会 優秀論文賞受賞 現在 佛教大学教育学部臨床心理学科 教授
ADHDとはどのような障害か?
ナレッジアート(以下KA): では、まず最初の質問として、ADHDというのはどのような障害なのかについて教えていただけますでしょうか。
免田氏:ADHDは「注意欠如・多動症」といって、発達障害の1つです。最近では「神経発達症」の診断名の1つとされています。特徴的な症状は三つあります。
一つ目は「不注意」です。注意が続かない、あるいはいろんなものにすぐに気を取られてしまうといった症状です。
二つ目は「多動性」。じっとしていられず動き回ったり、喋りすぎたりすることですね。女の子の場合は、そわそわしてしまうといった形で現れることが多いです。
三つ目が「衝動性」です。これは少し分かりにくいのですが、例えば先生がクラス全体に問いかけたときに、質問が終わる前に「はい!はい!」と手を挙げてしまったり、順番を待てなかったり、最後まで話を聞かずに答えてしまうといった行動です。また、目の前に欲しいものがあるとすぐに買ってしまうなど、衝動的に行動し後で後悔する傾向もあります。
このように、「不注意」「多動性」「衝動性」の三つが、ADHDの特徴的な症状とされています。
KA:どれも自分の幼少期に当てはまりそうだなと感じました。
免田氏:子どもはだいたい、そういった特徴を持っていますよね。落ち着きがなかったり、注意が続かなかったり、あるいは思ったことをすぐに口に出したりします。
順番を待つのが苦手だったりもしますが、こうした特徴があっても、元気で明るく、活動的な“わんぱくな子”として受け止められることもあります。でも、その程度が一定の基準を超えて、「ちょっと困った子」というふうに見られる場合、そしてそれが平均から逸脱していると判断されると、ADHDという診断がつく可能性があるということです。
KA:なるほど。ADHDというのは、生まれつき持っているものなのでしょうか? それとも、大人になってから発症するケースもあるのでしょうか?
免田氏:ADHDは、その人のもつ生まれつきの脳の働きの特徴だと考えられています。
子どもの気質って生得的なところがありますね。例えば、学校では不注意だけど、うっかり屋さんで済まされる程度の子もいます。椅子に座っていられるし、特に目立った問題がないので、あまり気づかれないこともあります。ただ、忘れ物が多かったり、先生の話をちゃんと聞けていなかったりといった特徴は見られます。
そうした子どもが、大人になると環境の変化や求められる行動の水準が上がることで、問題が顕在化するケースもあります。診断上は、何らかの形で12歳までに特徴が見られることが条件となっていますが、環境にうまく適応してやり過ごしていた場合でも、大人になって困難が表面化することもあるのです。
たとえば、小学校で授業中に座っていられなかったり、先生の話が聞けなかったり、救急車やヘリコプターの音に気を取られてしまう。そういった子が大人になってから困難を感じるようになることがあります。
KA:確かに、そういうクラスメイトがいたように思います。
免田氏:先に申し上げたとおり、ADHDは生まれつきの特性とされています。もちろん、引っ越しや親からの虐待など、ストレス要因によって一時的に不注意や多動が見られることもありますが、これは一過性です。たとえば、新しい学校に慣れれば落ち着くといった形ですね。
しかし、ADHDの子どもたちは、そうした状況が一過性ではなく、持続的に、しかも複数の場面で現れることが多いのです。私たちだって、ディズニーランドに行けばテンションが上がって落ち着かなくなりますよね。それでもADHDの方々は、日常的にそうした状態が見られるという点が大きな違いです。
ADHD当事者を支える支援制度──医療費助成から就労支援まで
KA:それでは、ADHDの方への支援制度について、どのようなものがあるか教えていただけますでしょうか?
免田氏:これは大人と子どもとで少し異なる点があります。ADHDの場合、知的な能力に障害がないことが多いため、特別支援の対象になるというよりも、学校などでは個別の配慮を受けることが一般的です。たとえば、少しでもできたことを褒めてもらうとか、課題を小分けにしてもらうなどですね。
制度という観点で言えば、子どもも大人もどちらも専門的な支援が整備されていると言いがたい点があります。大人の場合、ADHDが精神疾患の一部と見なされ、診断を受けると「自立支援医療制度」の対象になることがあります。これを利用すると、外来の医療費が自己負担1割で済むことになります。通常は3割負担ですから、継続的に服薬が必要な場合など、この1割負担はかなり助かるでしょう。
KA:学生の場合はどうでしょうか。
免田氏:私が関わっていた大学生の中にも、ADHDの傾向があって、教室に入ることが難しかったり、音に敏感だったり、実習が負担だと感じる学生がいました。そうした学生の中には、障害者手帳を取得する人もいます。
手帳を持つことで、公共交通機関の割引を受けたり、就労の際に支援を受けたりできます。ただ、「精神障害者保健福祉手帳」を取得するには診断も必要ですし、自分でその必要性を認めて手続きしなければいけないため、ハードルが高いと感じて取得しない学生もいます。これは大人でも同じですね。
また、「就労移行支援」という制度もあります。これは、一般就労を目指す人が、感覚刺激に敏感で苦痛を感じたり、集中が続かなかったりなどの課題を抱えている場合に、トレーニングを通じて適職を見つけていく支援です。18歳以上65歳未満が対象なので学生でもこうしたサービスを受けている例はあります。
こうした制度を利用するには、診断を受けること、そして本人が支援を受けることに前向きである必要があります。
さらに「合理的配慮」という考え方もあります。これは障害のある人が、他の人と平等に機会を得るために必要な調整・変更のことです。たとえば、課題の締切を忘れがちな学生に教員が個別にリマインドメールを送る、教室の後ろの席に座ることを許可するなど、学業を遂行できるようにする支援です。
これは「発達障害者支援法」や「障害者差別解消法」によって、大学や企業に対して法的義務として課されています。ただ、本人が困りごとをオープンにしない限り、大学や企業は対応できません。
KA:ありがとうございます。手帳を取得することで生じるデメリットについても教えていただけますか? 特に、ADHDの方が手帳を持っていると、仕事の面でどのような制限があるのでしょうか?
免田氏:まず、就労の際に「障害者雇用枠」で採用されることがあります。この枠で採用されると、企業には国からの助成が出るなどのメリットがあります。
一方で、本人にとっては昇進が制限される場合があります。たとえば、障害者枠で入社すると、係長や主任といったポストに就くのが難しいことがあるかもしれません。また、本人は企画や営業の仕事を希望していても、企業の中核業務とされるそれらの職種には就けないと判断されることもあります。いずれにしても合理的配慮の観点から、できる限り本人の希望が活かされる必要がありますね。
さらに、職場内で「障害者枠で雇われている人」という認識が広まってしまい、先入観を持たれる可能性もあります。本来であれば差別のない環境が理想ですが、現実的にはそうならないこともあるでしょう。
誰に開示するかも重要な問題です。人事課のみに知らせる、あるいは直属の上司のみに知らせるという選択もあります。すべてをオープンにすることが本人の価値観に合わない場合もありますので、「クローズ」にする方もいらっしゃいます。
ADHDは一見すると気づかれにくい特性ですので、「ちょっと元気がある」「うっかりしている」と受け取られあえて開示を必要としないこともあるでしょう。偏見の克服は、個人の尊厳を最優先に、組織の多様性推進、そして社会全体の成熟に関わる重要課題だと思います。何よりも、ADHDのことを理解し、本人の力を最大限に引き出せるような柔軟な調整が必要です。
困りごとが続くなら——ADHD診断を考えるべきサインとは
KA:続いて、ADHDの診断を受けるべきかどうかについてですが、どのようなサインに気づくべきか教えていただけますでしょうか?
免田氏:これはやはり、ご本人が困っているかどうか、という点が大きいと思います。持続的に同じようなことで、日常生活や、例えば大人であれば仕事、学生さんであれば学業に支障が出ているかどうか。そして人間関係ですね。
もちろん私たちでも時には困ることはありますが、それがずっと子どもの頃から続いていて、何らかの生きづらさを感じている。そして、自分でも「なんとかしないといけないな」と思っているけれども、うまくいかないというケースです。
例えば、うっかり日程の約束を間違えるといったことが子どもの頃から持続的にあって、それが蓄積して信用をなくすなど社会的に大きなダメージになっている。いろいろな場面に影響が広がっていて、自分でも「これはなんとかしたい」と思っているような場合ですね。
実際、それが適応にも影響しています。例えば、人間関係で大事な相手との関係を壊してしまったり、大切なポイントを忘れてしまって、仕事で大きなミスをしてしまったりというように、本人が十分に苦しんでいる場合があります。そうなると、それは単なる努力の問題や性格の問題ではなくて、発達上の特性を自分が持っているのではないかと考えることが大切です。
診断を受けることで、医療的な支援や、場合によっては投薬による対応も可能になりますし、「至らないことがあっても、性格や努力不足からくるものではない」といった形で、具体的な工夫やヒントを得られることがあります。そういう意味で、診断を受けた方がよい場合もあると思いますね。
ADHDの特性を活かす工夫と社会での可能性
KA:ADHDの方が社会で活躍するためには、本人にどのような工夫が必要でしょうか?
免田氏:まず、仕事という観点で考えたとき、時代や職種によってはADHDの特性がむしろプラスに働くことがあることを知るとよいですね。たとえば新聞記者のような職業では、行動力があり、多くの情報に関心を持って即座に動けるという特性が強みになります。また、営業職なども物怖じせず社交的に振る舞える人にとっては向いています。
芸能人なども、ADHDの傾向を持ちながらもパフォーマンス力があり、テンポの良さや場の空気を引き込む力で活躍している方が多い印象です。このように、まずは自分に合った仕事を見つけることが重要です。
たとえば、発想力と瞬発力に優れるという特長を生かして、救急医療の現場で活躍するお医者さんや、いろいろな情報を収集するライター、子どもと関わる保育士や体育教師、工事現場で体を動かす現場監督なども適している場合があります。まず、自分の特性をよく知ることが大切です。
また、注意持続の困難がある場合でも、接客などでは次々と新しい人と接し多くのお客の相手ができるなど中で逆に強みになることもあります。
KA:たしかに、そういった職業なら特性を活かせそうです。
免田氏:次に大事なのは、外部の支援やツールを活用することです。学生から教えてもらったのですが、「リマインくん」というLINEのアプリでは、自分で入力した予定や締切をリマインドしてくれます。ADHDの方は時間管理や提出日の管理が課題になることが多いため、こうしたアプリを利用することで、うっかりを防げます。
たとえば、物の置き忘れが多い場合には、GPS付きのタグのようなもので位置を確認することも可能です。さらに、行動パターンをルーチン化し、チェックリストを玄関など必ず通る場所に置くことで、忘れ物を防ぐといった工夫も有効です。
また、ADHDの方は達成に対して報酬があると行動が促進される傾向があるため、自分でご褒美を設定するのも一つの方法です。
加えて、人に頼るというのも大切な工夫です。自分の強みと弱みを他者に伝え、例えば「この作業は小分けにしてもらえれば取り組みやすい」といった情報を共有することで、職場などで理解を得やすくなります。
KA:まずは自分の特性を理解することが大切ですね。
免田氏:そうですね。そのうえで、様々な工夫を重ねていくことが、社会で活躍するためには重要だと考えています。達人のようにうまくいっている人は、外部の仕組みや道具を上手に活用しながら、自分なりの方法を編み出しているようですね。
最近では、自分の良いところに気づくための書籍や講座、動画なども多くありますので、自分の良い面に注目していくと、必ず得意な部分を生かせる場が見つかるのではないかと思います。Chat-GPTに問いかけてもよいところを褒めてくれますよ。
KA:ADHDを持っている方の中には、起業家や成功者が多いという話をネットなどで目にしたことがあります。実際、ADHDの方は企業や医療など、何らかの分野で成功する可能性が高いのでしょうか?
免田氏:ADHDの特性を持ちながら成功している人たちは、一般的な発想とは異なる思考を持ち、それがいわゆる「エクセプショナル(例外的)」な力として発揮されている場合があります。知的能力が高ければ、その特性は非常に強力な武器になります。
例えるなら、バランスは悪いけれどもスピードの出るフェラーリのような存在です。操作は難しくても、一点においては誰にも負けない強みを持っている、ということです。
ADHDの方は行動が早く、考える前に動けるという点で、狩猟的な特性もあります。そのため、起業家や成功者にはADHDの傾向を持つ人が多いというのは一理あると思います。
ただし、刺激を常に求める性質があるため、アディクション(依存症)やギャンブルに走ってしまうリスクもあります。また、物事が長続きしないという傾向も見られます。
重要なのは、成功している人には必ずその人の良さを理解し、支えてくれる存在がいるという点です。たとえば坂本龍馬も、姉(乙女)が彼の良さを認め続けていたことで、彼の特性が生かされたという話があります。
自信を持ち、自分の良さを認めてくれる人が一人でもいれば、どんな才能も花開く可能性があります。逆に、否定され続けると、どんなに優れた能力でも潰れてしまいますね。
「理解・共感・現実的なサポート」――ADHDの人を支えるためにできること
KA:ご家族やご友人など、身近な方にADHDの方がいる場合、そのような方々を支えるために、どのような工夫ができるのか教えていただけますか?
免田氏:これは先ほどの話ともつながると思います。たとえば、黒柳徹子さんもADHDの傾向があると言われることがありますが、あの方もとても活発に話されますよね。一般的な学校生活になじみにくい部分があっても、理解してくれる大人がいたという話があります。
たとえば、トモエ学園の校長先生だった方(小林宗作氏)が、黒柳さんのことを「この子はとてもいい子で、他の子にはないものを持っている」と理解してくださったそうです。困難なところもあるけれど、「わざとやっているのではない」「身体が自然に動いてしまう」「じっとしていられない」「頑張っているけどできない」ということを理解し、共感してくれた。そして、そのうえで「こうした方がいいよ」と、現実的なサポートをしてくれたというのです。
この「理解」「共感」、そして「現実的なサポート」の3つが、ADHDの方を支える上で非常に大切なのだと思います。ただ、この3つをすべて家族が担うのは難しい部分もあります。
僕自身、参考になるなと思ったのが『おさるのジョージ』というアニメです。
KA:ジョージは大体2-3歳くらいの知能という設定で、よく悪さばかりしてしまいますよね。
免田氏:はい、ジョージは困ったことばかりしてしまう。でも、その飼い主である黄色い帽子のおじさん、テッドは絶対に怒らないんですよ。驚くことはあっても、「こういうふうにしたらいいよ」と優しく教えるんです。「こんなことをしたのは、こういう理由があるんだろう。でも、こういう時にはこうすればいいんだよ」と、怒らずにやり方を教える。
この「やり方を丁寧に教える」というのが、ADHDの人にとって一番理想的な関わり方だと思います。性格や人柄を責めるのではなく、「わからなかったんだよね。でも、こうしたらうまくいくよ」と、一つひとつ教えていく。そうした存在は、上司かもしれないし、友人や家族かもしれません。
KA:たしかに、相手の立場に立って接するのは大切ですね。
免田氏:心は障害を受けていないので、自分のことをわかってもらえたと感じられたり、自分にも価値があると気づけたりすることが大切です。そして、「ここが苦手だけど、こうすれば次はうまくいく」と教えてくれる人がいると、その人は必ず成長できます。もともと能力の高い人が多いですからね。
そういう関わりができると理想的です。ただ、それでも家族は腹が立ったり、感情的になったりすることもあります。だからこそ、そういう家族を支えるのが、僕のような専門家の役割なのです。